大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和51年(オ)1187号 判決 1977年11月15日

上告人

奥村運送株式会社

右代表者

奥村守衛

右訴訟代理人

大蔵敏彦

森下文雄

被上告人

杉山富男

右訴訟代理人

富田和雄

主文

原判決中上告人敗訴の部分を破棄する。

前項の部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人大蔵敏彦、同森下文雄の上告理由第一点について

原審は、上告会社が本件手形に裏書をした事情として、本件約束手形の振出人である訴外片山進一は、従来からしばしば訴外市川義郎に依頼して融資を受けてきたが、さらに五〇〇万円の融資を申し出たところ、市川から、これまでに比べて金額が大きいことを理由に誰か確実な保証人の裏書をもらつてくるよう要求されたため、そのころ上告会社代表者奥村守衛に右の趣旨を話して本件手形に対する上告会社の裏書を依頼したこと、奥村はこれを承諾して本件手形の第一裏書人欄に上告会社の代表者として署名押印したこと、市川は、片山から本件手形を受領するのと引換えに、片山に対し五〇〇万円を貸渡したこと等の事実を認定したうえ、「右事実によると、被控訴人(上告会社)の裏書は右片山の右市川に対する右金銭債務を保証する趣旨でなされたいわゆる隠れたる保証であると認められる。」と判示し、更に進んで、「ところで他人の債務を保証する趣旨で約束手形の裏書をした裏書人は、手形上の債務の外、民法上の保証債務をも負担するかどうかは、具体的場合の当事者の意思解釈によつて定まるが、右の者は反対の意思の認められない限り、原則として民法上の保証債務をも負担するものと解するところ、本件においては別段反対の意思が認められないから被控訴人(上告会社)は右市川に対し民法上の保証債務を負担するものと認める。従つて被控訴人(上告会社)は右片山の金銭債務につき右市川に対して五〇〇万円の保証債務を負担することになる。」との判断を示している。

しかしながら、片山が市川から前示五〇〇万円を借り受けるにあたり、なんぴとか確実な保証人の裏書をもらつてくるように要求されたため、上告会社代表者奥村に依頼して片山自身を振出人とする約束手形に上告会社の裏書を受け、片山においてこれを市川に手交して同人から五〇〇万円の貸渡しを受けたという、原審認定の事実関係があるというだけでは、原判示のように、上告会社が右手形振出の原因となつた片山の市川に対する消費貸借上の債務を保証した事実を推認することは許されないものというべきである。けだし、なんぴとも他人の債務を保証するにあたつては、特段の事情のない限り、その保証によつて生ずる自己の責任をなるべく狭い範囲にとどめようとするのがむしろ通常の意思であると考えられることにかんがみれば、本件のような場合においても、差入れを受けるべき手形に裏書を要求する貸主がどのような意思であつたかは別として、裏書をする者の立場からみるときは、他人が振り出す手形に保証の趣旨で裏書をしたというだけで、その裏書によりいわゆる隠れた手形保証として手形上の債務を負担する意思以上に、右手振出の原因となつた消費貸借上の債務までをも保証する意思があり、かつ、その際、右手形の振出人その他第三者に対して、貸主との間でその旨の保証契約を締結する代理権を与える意思があつたと推認することは、たとえ右手形が金融を得るために用いられることを認識していた場合であつても、必ずしも裏書をする者の通常の意思に合致するものとは認められないからである(なお、原審は、前示のように、上告会社の裏書をもつて片山の市川に対する金銭債務を保証する趣旨でされたいわゆる隠れた保証であると認められると判示しているところ、その趣旨は必ずしも明らかではないが、右判示部分が消費貸借上の債務について保証契約が締結された事実を証拠をもつて認定した趣旨であるとするならば、あえて前示のような事実上の推定を用いる必要がないこととなるから、右はその趣旨を判示したものではないと認められる。)。

してみれば、上告会社が片山の前示消費貸借上の債務につき市川に対して保証債務を負担した旨の原審の事実認定には経験則の適用を誤つた違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由がある。したがつて、原判決中上告会社敗訴の部分は、その余の論旨につき判断を加えるまでもなく破棄を免れず、上告会社の保証債務の成否について更に審理を尽くさせるため右部分につき本件を原審に差し戻すこととする。

よつて、民訴法四〇七条に従い裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(環昌一 天野武一 江里口清雄 高辻正己 服部高顕)

上告代理人大蔵敏彦、同森下文雄の上告理由

第一点

一、原判決は、「他人の債務を保証する趣旨で約束手形の裏書をした裏書人は、手形上の債務の外、民法上の保証債務をも負担するかどうかは、具体的場合の当事者の意思解釈によつて定まるが、右の者は反対の意思の認められない限り、原則として民法上の保証債務をも負担するものと解する」と判示し、本件の場合「別段反対の意思が認められないから、上告人は市川義郎に対し、民法上の保証債務をも負担するものと認める」としている。

二、しかし、保証の趣旨で裏書をした裏書人が手形上の債務の外に、民法上の保証債務をも負担するかどうかは、具体的場合の当事者の意思解釈によつて定まるとしても、当事者間に特別の合意ないし明確な意思表示がない限り、裏書人は単に手形上の債務を負担するに止まり、民法上の保証債務を負担しないと解すべきである。

すなわち、裏書による手形の支払の担保責任と、民法上の保証責任には著しい差があるから、手形の裏書をなす前にすでに民法上の保証契約が存在するとか、あるいは手形の裏書をなす際に、民法上の保証をなす旨の明示の意思表示があつたとき、はじめて裏書人に対し民法上の保証責任をとらせることができるとするべきである。原判決は裏書人に「反対の意思の認められない限り、原則として民法上の保証債務を負担するものと解する」としているが、法令の解釈を誤つたものといわざるをえない。

三、このことについて判例を検討してみる。

まず、昭和三五年九月九日最高裁第二小法廷判決(民集一四巻一一号二一一四頁)をあげることができる。これは自己の信用を利用させる意味で約束手形の共同振出人となつた者につき、「他から金員を借り受けるについて自己の信用を利用させる意味で他人と共同して約束手形を振り出した事実があるからといつて、手形関係とは別にその他人に対し右金員借受につき連帯保証債務を負担すべきことを諾約したものと推認しなければならないものではない」としている。

約束手形の共同振出人に対し、それが自己の信用を利用させることを承諾していたからといつて、ただちに連帯保証債務を負担することを承認したものと事実上推定することが許されないとしているのである。

この判例の法理を裏書人に適用したものとして大阪高等裁判所昭和三七年五月三一日判決(判例時報三〇四号二五頁)がある。そこでは次のようにいつている。

「ところで右のごとく他人の借受金債務の支払確保のため同人振出しの約束手形に裏書をなした場合には、単に手形上の債務のみを負担したものであるか、或は基本の借受金債務についても保証若くは連帯保証をなしたものであるかは当事者の意思解釈の問題であるから、双方の利害得失を比較検討してみると、裏書人としては、もとより自己の債務を最小限すなわち単に手形上の債務のみに止めることを希望するのが普通であり、一方債権者としても手形の裏書を受けた以上、必要に応じこの手形上の権利を行使すれば支払確保の目的は一応達せられるのである。してみると手形上の債務の負担に加えて、更に基本の借受金債務の保証乃至連帯保証契約が結ばれたとみるためには、別にその旨の明確な意思表示を必要とするものであつて、之を欠くときは単に手形上の債務のみを負担したものと解しても、特に債権者に不利益を強いるものともいい得ない。」というのである。さらに同判決は、これに反する趣旨の昭和一一年七月八日、昭和一二年八月七日、昭和一六年一〇月一三日の各大審院判決について、それは「いずれも判例集に登載されたものではなく、当裁判所は他人に信用を利用させるため約束手形の共同振出人となつたからとて、その他人のため連帯保証債務を負担したものと推認しなければならぬものではないとの最高裁判所判例(昭和三五年九月九日、民集一四巻一一号二一一四頁)の趣旨を手形の裏書の場合にも及ぼすべきものと解する。」としている。

このほか同旨の判例としては、東京高裁昭和三七年一月三〇日判決(金融法務三〇一号一七六頁)、東京地裁昭和四四年二月二七日判決(判例時報五五九号八〇頁)、京都地裁昭和四五年六月一日判決(同六〇六号九〇頁)などがある。

学説上も、民法上の保証債務負担の意思の推認については消極説が多数をしめている(例えば、手形法小切手法講座(4)八木「手形保証」五二頁)。

四、本件事案は、上告人が訴外片山進一に対し、同人から絶対に迷惑をかけないといわれたので、信用を利用させる意味で本件手形の裏書きをなしたのみであつて、上告人において訴外片山が本件手形によつて、訴外市川義郎から金融を受けることを知つていた事実はない。もちろん、上告人が訴外片山が右金融を受けるに際し、貸主である市川に対し、民事上の保証をなす旨意思表示をなしたことなどは皆無である。

本件手形の満期日前である昭和四九年三月八日上告人が右市川から本件手形を預つたのは、振出人である片山進一の父親のところに行き、本件手形を見せてその支払を求めることが目的であつた。そのときは、上告人は約旨どおり訴外市川に対し本件手形を満期日前に返還し、本件手形は満期日に支払場所に呈示されている。

片山進一が支払を拒絶したのち、再び上告人は甲第一号証の預り証を差し入れ、本件手形を預つたのであるが、その文言にもあるように、上告人が本件手形を預り保管中に紛失・破損などしたときに手形金額と同額の金員を支払うというものであり、さらには、本件手形を他の手形と差換えるときには、差換手形に上告人が裏書きをするということを、上告人は諾約しているにすぎない。

これらのことからみても、上告人は市川義郎に対しても、また被上告人に対しても、片山進一の連帯保証ないしは保証人として本件手形金を支払う旨意思表示したことは一度もないのである。裏書人として手形金を片山進一の父親に支払わせるよう協力したにすぎない。

五、そして、本件手形の満期日当時の所持人である訴外市川義郎(訴状請求原因二項による)あるいは被上告人が、本件手形を満期日に適法に呈示して、裏書人である上告人対する手形上の権利を確保することは可能であつた。上告人が彼等に対し、手形上の権利を確保することを妨げた事実はない。

しかるに、彼等は振出日・名宛人白地のまゝ呈示し、裏書人である上告人に対する手形上の遡求要外を欠缺したものである。

六、以上のようにみてくるなら、原判決が上告人側に「別段反対の意思が認められないから、市川義郎に対し民法上の保証債務をも負担するものと認める」とすることは判決に影響を及ぼすこと明白な法令違反であつて、破棄さるべきである。

第二点

一、つぎに、原判決は「ところで約束手形の第一裏書人が、振出人の金銭債務につき、第二裏書人に対し民法上の保証債務を負担する場合、第二裏書人からさらに裏書によつて手形上の権利を取得した者は、手形上の権利の外、民法上の保証債権をも取得し、その取得につき対抗要件を具備することなく右保証債務の履行を請求することができる」としているが、これは裏書の権利移転的効力につき、手形法の解釈を誤つたものである。

二、手形の裏書によつて当然に手形外の権利も被裏書人に移転するとすることは、通常の手形を授受する者の意思に反するばかりか、手形授受の当事者間の法律関係を無用に混乱させるものである。

大審院大正一三年五月一五日判決(判例評論一三巻商法三八八頁)によれば、「為替手形ノ裏書交付アリタルトキハ手形ノ所有権ハ裏書人ヨリ被裏書人ニ移転スヘキモ手形上ノ権利ハ右裏書交付ニ因リ譲渡セラルルモノニ非スシテ被裏書人ハ手形ノ所有権ヲ取得スル結果原始的ニ手形上ノ権利ヲ取得スルモノナレハ裏書人カ其ノ以前該権利ニ付他人ト民法上ノ保証契約ヲ為セリトテ此ノ契約ニ基ク権利ハ手形ノ裏書交付ニ因リ当然被裏書人ニ移転スルモノト謂フヲ得ス」としている。この判決は裏書による被裏書人の権利取得につき、いわゆる手形所有権譲渡説を採用している点で問題はあるが、結論においては正しいものと考える。

三、学説も、手形債権に附従する担保権・保証契約上の債権等は、裏書により当然には被裏書人に移転しないとするのが通説である。すなわち、「債権譲渡の場合には、原則として債権に附随する質権・抵当権・保証人に対する権利・違約金の約束等は当然に譲受人に移転するが、手形行為たる裏書の効力としてこれを認めることはできなく、それは手形外における当事者の意思によつて決するほかはない」(大隅手形小切手法講義一〇一頁)。「手形のみの裏書を為し、しかも既に存する担保につき別段の合意がなされない場合は、担保権等は移転しないものと推定するのが実情に適するであろう」(竹田手形小切手法一〇六頁)。「しかし、そのような移転は、裏書の基礎をなす実質関係上の問題として考察するとき被裏書人が、そのような担保権の存在を知つている場合でない限り、当然に担保権の移転を認める必要はないと考える」(石井手形小切手法二二二頁)。

手形に附随する「権利の存在を被裏書人が知らないような場合にも、その移転を認める必要はな」い(鈴木手形小切手法二三三頁)としている。

四、本件の場合、訴外市川義郎から被上告人が本件手形の裏書交付を受けるにあたつて、上告人に対する民法上の保証債権の譲渡を受ける旨の特段の合意があつたこと、または、被上告人がその存在を知つていたということについての主張も立証もないのである。

五、したがつて、原判決はこの点についても判決の結果に影響を及ぼすこと明らかな法令の解釈を誤つた違法があり、破棄さるべきものである。

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